小説CLUB『 Lyrical Essay・我が愛する男たちよ!』
川田あつ子

恋習い
 
 風が無いからかな、窓も開けてない、fanも止めたままだし、独りの部屋。
 
 さっき付けた煙草から真っすぐに煙が立ち昇っている。ツ−ッと天井に向かって真っすぐに伸びた。少し紫に見える その煙りがある高さまで来るとユラユラと揺れて、やがて目には見えなくなっていく。窓にふちどられた空では やっと目を覚ましたばかりの小鳥達が射し込み始めた朝陽の中で踊る様にrhythmをとってさえずり始めている。

 昨夜午前零時過ぎbedへ潜り込んだのに、真っ暗なうちに また独りの部屋に戻って来ていた。まどろみは眠れない自分と入れ替わって、心と身体を癒す暗闇が寂し気な哀し気な夜にその形容を変えていた。眠ることを辞めて、showerで心と身体を外側から癒すことにした。時計の針は午前三時半を少し過ぎたところだった。灯りをつけていない部屋の中で、それがぼんやりと月明かりに照らされて薄く押し黙って浮かんで見えた……。
 
 bathroomから濡れた髪にtowelを巻いて、bathrobeを羽織って戻り、いつものようにmineral−waterを手にした。冷蔵庫のドアを開くと灯りが床を這うように伸びて真っ暗な部屋の中を照らした。
 
 キラッと何かが光った。TVの下のvideo−rackの陰でキラッと確かに何かが光って見えた。灯りを頼りに近づいてみる。それはずっと探し続けていた片方のCHANELのearringだった。ちょっと嬉しくなって、左の耳につけてkitchen−chairに腰掛ける。
 
 まだ冷蔵庫の灯りは床を照らし続けている。冷蔵庫と時計の音しか聞こえない部屋に、glassに移したmineral−waterを少しだけ口に含んでそれをそっと喉に通した音が一瞬だけ仲間入りする。
 
 気が付くとbedの片隅に腰を降ろしていた。余り多くは吸わなくなった煙草に火をつけていたkitchen−tableの上で紫煙が真っすぐに立ち昇っている。冷蔵庫の扉はもう閉じられ、それは窓から小さく射し込んだ月明かりに浮かんでいた。ずっとそれを見ていた……。
 
 小鳥達の声が聞こえて、朝の光りが部屋の中にあふれる。
 また煙草の煙を追いかけた。初めて手にしたのは何時だっただろう。昔何かの本で読んだことがあるのだけれど、煙草を吸う女性の多くには失恋経験があると、たとえ若くてもそれがきっかけになると、その経験は例えば疑似体験でも……。大好きな芸能人の恋人発覚とか憧れの先輩が女の子と歩いているのを偶然見てしまうとか……。それで本当に自分自身を失恋したheroineに置き換えてしまうという作業を心の中で簡単にこなしてしまったりする……らしい。
 
 男性は憧れや格好つけ、誰かの真似……なんて理由で吸い始める。もっとも私達の時代でも これが結構多かったようだ。私はどうだったかな。兄貴か父親のをこっそり盗んで吸ってみた気がするけど、でも頭クラクラでそれきり吸わなかった。 だからやっぱり本当に口にしたのは胸がキュンとなるような恋をした頃だと思う。彼の事を考えると自分自身が何か変だなと感じてしまうような恋。なんだか懐かしい気がする、真っ白なままで何も考えずに人を好きになれた頃が。まだまだ恋の習い初めで その男性を取り巻く諸々の事、そう性格さえも考えずに好きになれた。それは自分の感性がその全てを感じ取ってくれていたから、本当に自然に気がついたら好きになっていた。それなのに今は何?
 
 自分だって たかがしれているくせに、恋人の条件だとかを考えてしまう。大人になると年を重ねるごとに、そんなことで他人を、自分を評価しようとする。「貴方にとって人生で一番大切なものは……何?」権力、お金、地位、名誉……。なんであれそれは違う。本当に大切なものは誰も見ることが出来ず、きっとそれは心でしか感じられないものだと思う。
 
 それを感じることの出来た人が本当の幸福を知ることが出来るのでしょう。そんな時、自分の心の在り方は、きっと子供の頃とよく似ているんじゃないのかな?と思うのです。いや、それどころか全く同じものなんじゃないか?とすら思うのです。きっと生涯そう、恋習い、人生習い、なんでしょうね。


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