小説CLUB『 Lyrical Essay・我が愛する男たちよ!』
川田あつ子

時遊時感

 
 春だから…春が来たから楽しい気持ちを、そんな思いでペンを取ったのに気がついたら、またまたチョッピリ寂しい感じでまとまってしまいました。
 
 でもでも、貴方にもあるでしょ。こんなシチュエ−ションに包み込まれたことが…クラス替えや転校、異動や転勤、進学や就職、きっとこの二人も彼が進学か就職で都会に出発ってしまったのです。
 
 彼女が高校へ入学したのは、昨年の春のことでした。それまで殆どスポ−ツには無縁だった彼女は、高校でも文化系のクラブに籍を置くことにしていましたが、まだまだそれを 何処にするかは決め兼ねていました。
 
 入学してまだ間もないある日の放課後、彼女は新しい友達に誘われて余り興味を持たないまま、バスケットボ−ルの練習を見学に行ったのです。初めて見たバスケットは彼女の心に強い衝撃を与えました。
 
 いえいえ、それは彼の存在でした。目の前で繰り広げられる練習試合の中、彼は輝いていたのです。二階の窓から射し込む春の穏やかな陽ざしの中でボ−ルを受けて走る姿が、ゴ−ルを目がけて跳ね上がる姿が汗と歓声の中で光り輝いて映ったのです。彼は三年生、キャプテンでした。その日からバスケットに熱中した彼女は、まず知識を集め、初めて練習を見た日から数えて八日目にバスケット部のドアをノックしていました。
 
 女子チ−ムに籍を置き、聡明でどこか他とは違った魅力のある彼女は練習を重ねるうちに、その少し控え目過ぎた性格も明るく積極的な他人を魅きつけるものに変わり、誰も気づかなかったその天性の運動能力さえも開花させていったのです。
 
 やがて男子部との合同夏合宿で二人はその存在を認め合うようになりました。それは淡く、まだ高校一年生の彼女をいたわるような、兄と妹、先輩と後輩そして友達の囲を決して越すことのない優しく暖かな愛情でした。彼が引退した後も ささやかな恋心を育みながらの交際は続きました。その年、彼女は生まれて初めてバレンタインデ−にチョコを贈り、生まれて初めてホワイトデ−を経験したのです。 初めてのプレゼントは写真立てと一枚の写真でした。二人の笑顔の並んだ写真には、
「いつも見ている 頑張れ」
 そう書かれていました。その夜、彼は電話を切る直前、「俺はお前のことが好きかもしれない」、と呟いたような気がしました。
 
 彼が町を離れる日、彼女は精一杯の最高の笑顔で彼を送りました。彼を乗せた電車が段々小さくなり、やがて点になり遠く景色の中に消えてゆく……。
部屋に帰って彼女は、初めて孤独に胸をしめつけられ写真立てに彼の笑顔を見つけると、もう両の瞳からこぼれる涙をこらえることは出来なかったのです。 都会の暮らしに慣れた後、彼はどうなっていくのでしょう。独り残った彼女はどう変わっていくのでしょう。そんな小さな町の小さな恋の物語りが、机に向かった私の目の前で何を語る訳でもなく、ただそこはかとなく想い流れていきます。
 
 逢えないことが心の中で想い巡って、自分の中でお互いの中で大きく膨らんで、二人の気持ちを育てていくことってありますよね。もっとも物理的に全然逢えないということであれば、それは二人の関係が序々に薄れていくことは間違いないでしょうが、程よい遠距離恋愛で何時かは逢えるということが明白であるなら、それは二人の関係を強く育てて行くでしょう。きっと それは二人の強い味方になるとも思うのです。 
 恋することは簡単でも、愛することは難しく、愛し続けることはもっともっと難しい。二人の奏でる心のメロディ−が少し狂っただけで、それは雑音となり二人を苦しめてしまうから・・・。無理せず 今ある姿を大切にしましょう。自然な流れを受け入れましょう。
 
 必要なことならば大切に想う貴方に、それは勝手に近づいてくるはずです。自分に振り回されないで。振り回されると せっかくの貴方の大切な想いがエゴに姿を変えてしまうから、相手の立場や気持ちを自分のそれ以上に大切にすることが、そんな二人に、こんな二人に一番必要なことだと思うのです。


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