小説CLUB『 Lyrical Essay・我が愛する男たちよ!』
川田あつ子

夢はほら in your hand
 
 暑い暑いッ!
あ−暑い暑い、あんまり暑すぎて頭の中でなにかがプツッと爆ぜた。といってもおかしくなったのではなくて、俗に言う、
〃むかついた〃ってところ。で、ジョック療法で、逆におもいっきり暑さの中に身を置いてやろうと、ボ−ルペン一本と机がわりに週刊誌を一冊、それから二枚の白い紙を持ち、途中でウ−ロン茶を買って近くの公園にやって来た。
 
 台風5号が近くまで来て関東地方は3日も雨が降り続いたのに、結局梅雨らしい梅雨はなく、東京の水ガメはピンチ! きっと今年も水不足…。 
 
 世界中のあちらこちらから流れてくるニュ−スでは、今年も異常気象だと毎日連呼している。ん〜、それっておかしくないかしら、果たしてそうなの?と首をかしげたくなる。だって、毎年、異常気象なら、それはもう普通のことで今のこの地球にとって、異常が正常なことなんだと思わざるを得なくなるから。私にはやっぱり、これは この地球の必死の心の叫びか何かなのだと感じてくる。ちょっと痛々しいような…。 
 
 今日の空は青く澄みきっていて、一つの雲さえ浮かんでいない。昼下がりの公園には、若い夫婦が乳母車に赤ちゃんを乗せて、バトミントンを傍らに置き、日陰のベンチで何かを語り合っている。学校はまだ休みにはなっていないはずなのに、試験休みかな、高校生くらいの男の子達が七人、公園内にあるバスケのゴ−ルに向かって喚声をあげながらボ−ルを追い廻している。
 
 私のすぐ近くでは、母親の側で何かに夢中になっている五、六歳の男の子の後姿が見える。熱心に真剣に、小さなラジコンカ−を操縦しているのだ。丸い愛らしい瞳を少しだけ大人びた男の瞳に変えて、ただ一点、その赤い小さなラジコンカ−に向けて。

「ねぇ、貴方の夢は?」
「大人になったら何をする?」
 心の中で、そっと問いかけてみた。ささやかな微風が緑の木立を揺らしていく。そしてまばたき四つ程の時間をおいてそのすぐ上を少しだけ場違いな音を残しながら、小型飛行機が空を裂いていった。少年がラジコンカ−の操縦を止め、その視線は空に吸い込まれ、やがて消えて無くなるまで その飛行機を追い続ける。

「ぼくのゆめはパイロット。 それも宇宙パイロットだよ。 ほしのあいだをじゆうにとびまわるのさっ」
 何故かそんな気がして、問いかけた私が、少年のかわりに答えていた。
 
 そういえば幼い頃の私の夢って何だったんだろう。少なくともスチュワ−デス、モデルとかキャリアウ−マンみたいな女性達には憧れなかったな。
 昔から優しそうな人が好きだった。昔から子供達に人気がある人が好きだった。だから私もそうありたいと思って、保母さんとか動物園の飼育係、調教師とかに憧れていたような記憶が蘇ってくる。
 
 私も髪の毛をポニ−テ−ルに結んで可愛い子供達や動物達を抱き上げたいな、と真剣に考えていた頃があった。でも十五歳の時スカウトをされ雑誌のグラビアを飾る度に、女優になりたいと思うようになっていた。ほんの小さなきっかけで私の幼い頃の夢は、中途半端ではあるものの、叶ったけど…。
 
 今は、自分らしく、自分に嘘つかず、笑顔で生きていけることを一番の夢にしている。そして他人に優しくいられたら、多くの友人を得ることが出来たら、それでもう十分。お金や名声はいらないと言うと嘘になるけど、今、日本の国が蝕まれている拝金主義・権力志向といった考え方には、私はけして侵されたくない。
 
 でも人は弱いから、目の前に差し出されると負けてしまいそう。だからだからこそ、いつも自分にそれを言い聞かせ、ずっと真実の人間らしく、優しくありたい。 
 
 若い夫婦が日陰でバトミントンをはじめた。その笑い声は優しさに溢れている。乳母車の赤ちゃんが拍手をするように両の手のひらを合わせ、幸福な時間が流れている。 
 
 どこまでも青く、澄みきった高い高い空の下で…。
 夏の始めの記憶…。


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