小説CLUB『 Lyrical Essay・我が愛する男たちよ!』
川田あつ子

Again

 この原稿が皆さんの目に触れる時、暑い暑い日が続いているのでしょうか?それとも今年は雨の多い、肌寒いくらいの夏になっているのでしょうか?
 気の早い私は、夏を通りすぎもう秋色に染まっています。
 九月というとやっぱり、賑やかだった夏の海辺から誰も居なくなった海辺を、薄いカーディガンかセーターを羽織って、幾組みかのカップルが寄り添いながら歩いている。それを見つめながらポツンと、たった独りで佇んでいる自分の姿を想い浮かべてしまいます。

 やがて砂浜の奥の方に腰をおろして、ただずっと波打ち際で繰り広げられる恋人たちの戯れを追いかけている。時々目が合うとしたなら、中年の紳士に連れられて砂浜を散歩している少し大きめの犬とだけだったりする。秋を感じさせる水平線の上の空に海鳥たちが風に舞い揺れている。時間だけは、穏やかに緩やかに流れていく・・・。

 そんな情景が私の胸の中に広がっていくのです。その中で私は別れたばかりの彼のことをずっとずっと思いつめています。私たちはお互いに強く惹かれ合い、出会いは運命だと感じるほどだったのに、いつか愛し合うことが重圧となってしまったのです。
 そして彼の追い求める夢のために、私は自ら身を引く決意をして去っていく。それを知って彼は、私のことを探し続けるのに、結局再び巡り合うことも無く、だけど彼は私を思い続けてくれる。

 彼は失った愛を胸に秘めながら自分の夢に向かって、やがて強く強く歩み始める。いつかきっともう一度、彼の胸に飛び込める日が来ると信じて、私はそんな彼のことを風の便りで聞き、二人の出逢いの場所、この海を見つめている。過ぎていってしまった輝くばかりの想い出だけを胸に抱いて・・・。

 当時は死ぬほど苦しかったはずなのに、今、思い浮かぶのは、何故かほのかに甘酸っぱくかすかに苦い、そんな恋の名場面が貴方にもきっとあるでしょう。家庭環境、その時お互いが目指すものなどのくいちがいで身動きが取れなくなり、お互いにそれぞれの道を選ばざるを得なくなってしまった。

 そんな時は独り泣いて、そして精一杯相手の幸福と成功を祈って別れるしかないのかもしれません。きっと何時かどこかで、もう一度巡り合えることを信じて、その日まで自分自身も力の限り頑張ろう。彼に負けぬよう、彼女に笑われぬようにと、近頃は男性女性を問わず、まるでシーズンごとに、洋服を変えるような気軽さで、簡単に相手を選び、簡単に心も思い出も棄てていってしまうような人たちが多くなったような気がします。

「添い遂げてこそ、”愛”」
 そんな言葉を耳にしたことがありますが、恋愛ができても、夫婦になれても実際その”愛”を体験し実感出来る人たちというのは数少ないように見えます。離婚件数は年々増加の道を辿っているそうです。
「女性が自立してきたから?」

 違うと思います。今、地球全体に広がり続けている砂漠化現象が、人の心の中まで入り込んできているからだと思います。
「ハルマゲドン」、「世紀末」、そんな言葉が、今年は日本中を席巻してきましたが、きっとそういった危機感を、誰もが心の内にひめているのでしょう、だからこそ愛する人が欲しい。だけど、愛するよりももっと、愛されたい、そんな人々の心の渇きが、信じられない程の天災を呼び、信じられない程の人災を引き起こす遠因となり、起因になってしまっている気がしてならないのです。

 本当は人や自然を思いやれない人たちに、愛することの出来ない人たちに、愛される資格などないことぐらい誰もが分っているはずなのに、

 止められない流れの中で私は、今もまだ貴方を愛していることを感じています。そして何時か必ず貴方が迎えに来てくれることを信じて、もっともっと優しくなれるよう、心から誓うのです。
 知らないうちに私は、波打ち際まで歩み寄り、スカートの裾を海に濡らしていました。
 もう一度、Again Again・・・。


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