小説CLUB『 Lyrical Essay・我が愛する男たちよ!』
川田あつ子

ごめんね 〜空港〜


 今日もきっとどこかの街で、どこかの駅で、空港で、自分の夢を追って旅立つ人とそれを見送る人がいる。中でも日本を遠く離れ異国の地に思いをい馳せ、海の向こうで自分の夢の全てを賭ける、そんな相手を涙で見送る人たちがいる。涙で見送られる人たちがいる。国際空港、そこではそんなことはそこかしこで見られる日常的な風景。

 でもそれは、私にとって言葉ではとても言い表せられない程の心の痛みを伴った別離の場面だったのです。
 もちろん別離は誰でもどんな時でも辛く哀しいものだから、旅立つ相手もきっと心が痛むほど苦しいはずだし、離れ離れになることを決して心から望んでいる訳ではないことぐらいよくわかっています。

 きっと心に熱いものが湧きあがり、二人のそれまでの軌跡を涙にして言い訳に変えているんだということ、世界中で一番私が理解してあげられるのです。だけどやっぱり、貴方が私に伝える言葉は「ごめん」。

 旅立つ貴方は、そう、ひとしきり悲しんでから、やがて目の前に広がる”自分の夢”という名の道を力の限り前に向かって駈け出せばいい。だけど残された者、見送る人たちは、貴方の姿の消えたその空間をただ空虚な気持ちで見つめなければならない。ポツンと佇んで身動き一つ出来ず・・・本当に悲しいのはそれからだというのに・・・貴方の夢とひとつに溶け合い、私に戻ることを信じてただ待ち続けることを、貴方の姿の消えたその瞬間から始めなければならないのです。飛行機の席に腰を降ろした貴方が笑っているはずもないことはわかります。だって貴方の涙をまだ覚えているから、貴方のくちびると私を力一杯抱きしめた貴方の鼓動をまだ私は感じているから・・・。

 初めて聞かされた時は取り立てて騒ぐほど重大なことじゃない気がしていた。むしろ喜んでいたくらい。貴方の夢が海の向こうにあるのなら、それを追い求めて絶対にその手のひらで掴むことができると信じられた。そしてそれが私の夢でもあり、愛することだとも信じられた。

 きっと貴方も、貴方自身の夢が私への愛の証しだと信じていたと思う。だって私たちふたりは海の向こうの貴方の夢をいつまでも語り明かせていたのだから。

 それがいつからだろう、定められた時間が迫り、そしてその残り時間が僅かだと感じ始めたとき、私たちは時間の流れのその中で、変幻自在にまるでウィルスのように一秒毎に姿を変える時間の織りなす心模様に少しづつ微妙に微妙にふたりの心の接点のバランスを崩し始めていた。

 やがて私はヒステリックになり、責めはじめたのに、貴方は何も言い返さず、ただ黙ることが多くなった。
 しばらくそんな毎日を不安な心で何も出来ずに投げ棄てて過ごした。追いつめられ、貴方が私のもとへ来てくれることだけを信じていた。祈っていた。

 ある日、真夜中過ぎのベルの音、「今から行く、逢いたい」貴方の声が夜空を駈けて私の耳元まで届いた。私は「ごめんね」それしか言えなかった。貴方も「ごめん」それしか言わなかった。それで十分だった。それから貴方はまた、精一杯、今出来る全ての優しさをくれた。私も貴方に出来る限りの真心を捧げた。貴方の夢を世界で一番応援できるようにと・・・。

 部屋に戻ると貴方の写真が、そっと私に微笑みかけてくる。何時の頃だろう、貴方の肩越しに後ろから抱きついている私が子供のように笑顔でいる。貴方も少年のよう。写真の中の青空が眩しい。「貴方の夢が叶いますように・・・」、私は祈った。

 何時か成田空港で見たボロボロ泣きながら抱き合っていた若いふたり、元気かな、貴方たちもきっと、「ごめんね」、「頑張って」、そんな言葉をお互いに言い合っていたはずだね。

「頑張って、別離は絶対に永遠じゃないんだから、未来は絶対に貴方たちの手の中にあるんだから、全て貴方たちの相手を想う心次第――It's up to you!――」
 私は貴方たちのそんなショート・ストーリーに心からずっと祈り続けます。
「貴方たちの夢が何時か叶いますように・・・」


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