小説CLUB『 Lyrical Essay・我が愛する男たちよ!』
川田あつ子

セカンドヴァ―ジン 〜愛のためらい〜


「貴方の名前は?」
「貴方は何処に住んでるの?」
「ううん、いいの、何も教えてもらえないなら。でもせめてイニシャルだけでも教えて」

 初めて誰かを好きになったとき、人は誰でも、そんなことを毎日考えてしまうのではないでしょうか。
 朝な夕なにその人のことなら何でも知りたいと思ってくる。でも、それなのにすべてが恐く、考え込んでばかりで何もかもためらってしまう。そんな時、ただぼんやりと遠くだけを見ている時間がとても多くなってしまうものですよね。

 もう何年も前の出来事だけど私自身もそんな気持ちでいたのですが、雑踏の中を人波に押されながら歩いていた時、瞬間的に閃いたのです。
 それは「ALL OR NOTHING」その状況に負けちゃいけないんだ、逃げてばかりじゃ駄目なんだ、まず行動してみなくちゃ何も始まらないんだということでした。そしてそう考えだしたら、自分自身に対してすごく正直になれ、あとは名前とかテレフォンナンバーを知ることになるまでは、何もかも思い通りにことが運んだのです。

 ところが、全てが整って、さあ心を打ち明けようとすると、また構えてしまう、直接連絡を取りたいのだけど、すごいプレッシャーで毎日毎日家の近くの公衆電話とにらっめこを繰り返すだけ。いつも途中までしか回せないダイヤル、その指先はずっと小刻みに震えてた。そんな場面だけが今でもフラッシュバックしてきます。
 
 それが私の遠い日の恋の想い出かなッ!
 エッ、私のその恋はどうなったのかですって?
 それはきっと、今その人と一緒ではないという事実だけを見ても願い通りの結末にはならなかったということですね。皆さんにもきっとそんな想い出とは違う恋愛後遺症の経験が・・・。困ってしまったのはその後のことだったのです。この恋がもとで・・・みたいになりがちですから・・・。

 きっと多くの人の心の中で起きていることでしょう。
 もっとも私はどんな時でも人前では、いつも明るく振舞い、悩みごとを悟られないように演じてしまうので、あまり周りの人たちには気づかれませんでしたが、前にも増して臆病になってしまったようです。
 
 みんなに心を開いているように見せて、その実、少しも見せていない、見せていないどころか自分の殻に閉じこもってしまって、ほんの僅かでも自分の守備範囲を超えるともう、何処へも出て行かない。まるで動物園の大きな大きなカゴの中の鳥状態。外敵からも自然環境からも完全に守られた中で、まるで自由になったつもりになって優雅に唄い舞っている。

 危険を感じられるところには決して自ら行くことは無かったし、もしも何処かに行く時には、いつも完全武装して誰にも隙を与えなかった。
 でもそれは、自分自身が恐かっただけ、二度目のこの臆病癖は結構手強いんですよね。場合によっては・・・。

 きっとそれは、「想い出」という名の傷を心のどこに残したかということが問題になってくるのではないでしょうか?身体の傷の深さとか大きさとかは治ってしまえばそれ程大きなことではないのです。初めは骨が見えていて血が溢れるように流れてくる。だけどそれが少しずつ治って、やがて傷跡だけが残る。運が良ければ傷跡すら消えてしまう。

 心の傷も同じことで、消えてしまえばいいのに、それがいつも目にするところに残ってしまうと、それを目にする毎にその時のこと、その時の痛みまでもが蘇ってしまって結果、臆病になってしまうのです。
 それが本当の自分の気持ちを押し殺すことになり、そして全てをためらいの中に投げ棄てさせてしまうのではないでしょうか。だからどうするべきなのかは、私にはまだ言い切れないのですが・・・。
 貴方はいかがですか?


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