小説CLUB『 Lyrical Essay・我が愛する男たちよ!』
川田あつ子

引き金


 タッタッタッタッタッ
 時計だけが時計を刻んで行く。
 タッタッタッタッタッ
 陽射しも風もすっかりその動きを止めてしまっている。
 ドッドッドッ
 その中を私の鼓動だけが秒刻みの針を追い越していくようだ。
 ドッドッドッ
 開いた瞼はもう閉じることも出来ない。頬を一筋の汗が流れ落ちた。迷彩服に身を包んだ私の銃身は崩れた壁の向こうの二つの影に向けられて微動だにしなかった。

 やがてその静寂を掻き消すように少女の泣き声が響いた。その泣き声は、私の耳には、悲しみも怒りも恐怖も、すべてを超越した後の最後の嘆きのように聞こえた。
 少女を必死に抱きしめているのは老婆だった。その頬は少女の肩に深く押し当てられ、頭は地面に向けて強く伏せられていた。でもその視線だけは、射るようなその眼差しだけは、しっかりと私の瞳を凝視していた。

 私がここに足を踏み入れる前にあった、さっきの砲撃で絶命したのであろう、傍らには、少女の父、母、兄弟と思われる人間が折り重なって倒れていた
 一面が血の海である。

 私の銃身は大きく震え始めた。引き金に掛けた指はうち震えてもう音を立てている。無理矢理閉じた瞼に何故か私自身の父の顔が浮かんだ。次に母の顔が浮かんだ。兄の顔浮かんだ。家族同様の猫たちの姿が浮かんだ。そして最後にみんなは、私に向かって笑ってみせた。引けない。私には絶対に引けない。そう思った。

 でも誰かに銃を向けられたとき、銃を持っていたのなら、そして守らなければいけない、愛する人たちが居るのなら、引けるかもしれない。そうも思った。それが私の夢想ウォーズ、白日夢の戦争体験。

 窓から見える空は青くて、風は清らかで、都会の景色もきらめいて見えた。夢想の世界のちりにまみれて、背中だけは寒いのに、ドシッと汗ばむ空気とは確かに別世界のようだ。よかった。よかった。日本に生まれて、心からそう思う。

 チェチェんの街は、ロシア軍が攻めて来る前、同じチェチェン人同士で意見の対立があり争っていた。その機に乗じて、力でそれを制圧し、権威を示そうとしたエリツィン大統領の思惑がはずれて、逆に外敵ロシアに対して乱れていた民族の魂が統一され、一致団結する力を生んだという話しを聞き、地球上から人類の争い事を無くすのは簡単なことだ。異星人に地球侵略してもらえばいい。それだけで全ての戦争は終結する。だって人類にとって同じ外敵が現れるということになるんだから・・・。そういった突拍子もない話しを突然思いだした。

 でも本当にそうなるだろうな、それは地球という星に対する愛、我々人類に対する愛といったものから生まれる力ではないのかな。
 時々、ブラウン管から、第二次世界大戦・朝鮮戦争・ベトナム戦争などに出兵した人たちのその後のニュースが流れます。彼らは何十年経った今でも、その傷跡を多く心に残して暮らしているのです。「自分が人殺しをしていた時代の記憶」そう語って苦しそうにインタビューを受けていたベトナム帰還兵の映像を思い出します。

 本当にそんな記憶は、世界中誰一人、欲してはいないのです。もっと大きな愛の中でみんなが生きていけるように、精一杯の努力をみんなでしなければいけないと思うのです。貴方が自分自身のことを思う以上に家族に向けている想い、そういう想いがもし本物だと信じられるのなら、その想いを我々人類のためにも(地球人は単一民族なのです)、そしてこの愛する星、地球のためにも・・・。

 貴方が人生で一番大切(重要)だと思うものは何ですか?
 What is Your most inportant thing in Your life?

 私はたとえそれが理想だと言われようと、”LOVE&HEART”(愛と心)そう答え続けたいのです。
 理想こそ本気で追い求めていかなければ手に入らないものでしょうから・・・。


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