小説CLUB『 Lyrical Essay・我が愛する男たちよ!』
川田あつ子

今夜は朝までHOLLY NIGHT

 
 富士山―。
標高三七七六メ−トルの、日本の自然美を代表する山容は、世界でも屈指の美しさではないでしょうか。
 
 ただ、それは遠くから全景を眺めたとき、日本人ならだれでもが記憶の中に甦らせる心象風景と重なりあう美しさでもあるのです。
 今年の夏、これといった理由もなく、私はその富士山の頂を目指していました。友人に誘われたからついて行った、それだけのことでした。

〃それだけのこと〃が、どんな結果となるかも知らずに、須走口から五合目までは車で、あとは徒歩で登りはじめたのです。樹木の中を登る―、そんな登山のイメ−ジは、すぐに吹っ飛びました。回りはむき出しの岩でほとんどハゲ山状態、SF映画で見るどこかの星のような無味乾燥さです。道は砂にうずまり、ずるずる滑りながらのため、歩いても歩いても還々として足どりははかどりません。
 
 その上、平地との気圧差、温度差による高山病のダブル・パンチです。とちゅうからは、私の『女の意地』と『高山病』が、互いメッタちの殴り合いを始めたのです。
 頭痛、吐き気、めまいに加えて視力までおかしくなり、見るものすべてが黄色のフィルタ−ごし。六時間の難行の末にたどりついた一泊予定の本八合の山小屋では、富士山に思いっきり打ちのめされていました。
 
 体調も整えず、五合目まで仲間とドライブ気分でやってきた私に富士山が、
「なめんじゃねえよ」
 と怒ったのかもしれません。
「嫌だ! もう駄目! 何でこんなに苦しい思いをしなくちゃいけないの!」
 酸素ボンベをだきしめ、一睡もできないまま、そんなことを考えながら、それでも
「絶対に、明日は〃御来光〃だけは見なくちゃ」
 と心に誓っていました。
 
 なぜ『見なくちゃ』なのかは、ここでひき返すと、きっと後悔するだろうという私の性格もありますが、それ以上に、なにか不思議な未知への魅力が生まれていたからです。
 とは言え、夜中、暗いうちからの登頂は苦しかった。苦しくて辛くて、涙がとめどなく溢れてくるのに、私は泣きながらも足は頂上へ運んでいたのです。 どのくらいかかったか、頂上にたどりついたとき、感激より「やっとやっと着いたのね。」
 と、ただその思いだけ。下界は猛暑というのに、気温は五度。寒さに震えながら、私は〃御来光〃だけを待ち続けました。

 〃御来光〃ーー、考えてみれば日の出にすぎません。
 でも、登頂の苦しさが、私の中で自然現象を、天界の出来事と神様の存在に変えたのです。 私は、いつも心のどこかで、この地上界に連綿と語りつがれてきた神々より大きな〃存在〃があるのでは、と感じていました。それは総ての神々達を包み込む〃存在〃そのもので、なにも見えるものはないけど、ただ〃真心〃があるだけ。
 
 そこには教義も説法もなく、ただ〃愛する真心〃があるだけ。 私は、心の中にだけ感じていたその〃存在〃を、富士山の頂上で、確かに一瞬でしたが見たのです。この日の〃御来光〃は、それほど素晴らしく、私の心の底からゆり動かしたのです。
 
 秋色深まるころ、どうしてこんな思い出を書いているのか、自分でも不思議ですが、ここまできて、改めて、富士登頂のもつ意味が私にかなり重いものだと気付かされました。
 
 日本一高く、美しい山、富士は、その頂に自分の意志と足で立つことにより、私にとっての『不二』になったのです。
 はるか過去の人々は、富士を不二と書いたといいますが、まさに、私にも、人生で二つとない『不二』として刻みこまれ、同時に苦しみのあとの歓喜、感動を与えてくれたのです。
 
 なにかに挑むこと、結果や評価をおそれず、自分の足で進むこと、そこに真実があることも私の『不二』は教えてくれました。
 悩んでいる人、いますか?
 恋愛、仕事、家庭、悩みはつきませんが、〃御来光〃はお勧めですよ。
 きっと、あなたに〃挑戦〃と〃自信〃を与え、あなた自身の『不二』を創ってくれると信じています。     
           


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