小説CLUB『 Lyrical Essay・我が愛する男たちよ!』
川田あつ子

始発電車がやって来た
   

 何故か全然眠れない。
 深呼吸をしても、部屋の灯りを全て消しても、いくら羊を数えても、煙草を吸ってみても、飲めないお酒を飲んでみても、そんな夜が毎月一度位は、私を必ず訪ねて来る。一体どういう理由なのだろう。そんな日は、いつもだったらまるで忘れている過ぎ去りし日々がすごく気に掛かってしまう。
 
 あの人は無事だろうか? 元気に暮らしているのだろうか?その後どんな人生を歩んでいるのだろうか? 私は、一体何がしてあげられるのだろうか? 私は、一体何がしてあげられたのだろうか?
 例えば一つの仕事をやり終えた後とか、新しい仕事が始まる前だとか、小さなことが気になって、揚げ句の果てに自分自身の将来とか未来とかまでに思いが及んでしまったりする。
 
 なんていってもこの世界、保障はなにも無いから、身体一つ。それこそ事故に遭ったり、病気で倒れたりしたら、もう地獄の世界、先がまるで見えない。川を渡ろうと橋を進め始めたら、その橋は途中までしかなくて……みたいなもの。もしかしたら、そんなことを考えて眠れなくなる今夜の私はかなりブル−なのかもしれない。そんなことを考え始めたら、本当に目はランラン、今が夜であることなんて、何をどう説明しても、私の身体が信用しない。

「あぁ〜もう駄目!」  ガバッとベッドで半身を起こして、大丈夫だよ、自分にそう一生懸命いい聞かせながら、月灯りを頼りに、やっとキッチンの冷蔵庫まで辿り着く、そんな夜は冷蔵庫の扉を開けた後に広がる灯りが妙に暖かく感じられる。私はミネラルウォ−タ−を取り出し、それを大事そうに抱えてベッドル−ムに戻る。窓辺にカウンタ−用の少し背の高いチェア−を置いて、今度は外界の灯りを追いかけ始める。
 
 冷たいミネラルウォ−タ−の流れが、私の身体と心を取り戻させてくれる。私は窓をほんの少し開けて、幸福なこと、楽しかった想い出なんかを必死に夜風に向かって語り始める……心の中で。本当は私はハッピ−なことを自分自身に解らせようとただ語り続ける。
 そんな自分自身の行動に一喜一憂していると、私はやがておぼろ月夜の闇に少しづつ溶け込んでしまう。けして聞こえない時間を刻む音に揺すり起こされるまで、私は静寂の中、真っ白になっている自分に出会うことになる。
 
 私の知らないうちに何時間も時間は刻まれ、空は少しずつ新しい朝の準備を始めている。今日の仕事を無事やり終えた夜たちは、きっと窓の反対側の空で帰り支度をしているのだろう。 沈黙を破り棄てて、まず始めに小鳥たちが目を覚まし、優しく澄んだ唄を競い始める。そうすると、決まって私は、今日はもう眠るのはやめて、このままずっと起きていようと思う。
 
 おはようございます。
「明日」って素敵な言葉だと思いませんか? 明るい日と書いて「あした」皆そう信じているから頑張れる、辛いことや苦しいことがあっても、それに耐えて「夢」を持つことが出来るんだもの。私にだって一人前に泣きたい時がある。貴方と同じ。何もかも投げ出して逃げ出したい時もある。だれでも同じ。
 
 だけど正義だとか法律だとか道徳だとかの前に、私にはもっと大切なものもある。もっともっと失いたくないもの、それが家族であり、友達だから、いつでも「明日」を信じ続けることが出来る。一歩一歩、例え歩みは遅くても確実に前に進むことだけを求め続けることが出来るのだと思う。貴方も自分独りで悩まないで、少し心にゆとりを持てば回りには良き理解者で満ち溢れているはずだから。 
 
 デビュ−直後の、まだ仕事に電車で通っていた頃、始発電車の中で背中に大きな荷物を背負ったおばあちゃんに出会った。そのおばあちゃんは、私にミカンを三つくれて「頑張りなさいね」といって見送ってくれた。とても優しいはるかな想い出のひとつ……。
「おばあちゃん、私まだまだ頑張ってるよ。」
 夜たちが最終電車に飛び乗って、そろそろ朝たちが始発電車に乗って微笑みながらやって来ました。              


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